この記事は、前回の記事でお話しした和音(ハーモニー)の考え方を踏まえて、チェンバロでどのように表現するか考察するものです。
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チェンバロにおける多声音楽の奏法
前述のように、単音を前提とする記譜であっても、残響がある限り、必ずハーモニーが存在します。
また、チェンバロはピアノと比べても、とても残響の多い楽器です。
これらを踏まえて、演奏時に何を意識しているかを、J.S.バッハ作曲のインベンション第1番(抜粋)を例に説明します。
冒頭部はこのように、単一声部が演奏するように記譜されています。
しかし、「残響」がある前提で、この楽譜を見ると、次のような機能的な和音(和声)が隠れていることに気付きます。
冒頭のこの部分はハ長調ですから、機能和声的には I → V → I と続くとも考えられます。
(レ・ファの部分は倚和音と考えて、この1小節間ずっとIの和音だという解釈もできます)
チェンバロのように、単一音で音量の変化を付けづらい楽器だと、音量の変化は同時に鳴らす音の数で付けるなど、工夫が必要です。
また、音量の変化を付けづらいということは、リズム感を、つまり強拍と弱拍の差を生むことが難しいということですので、リズム感を出す工夫も必要になるわけです。
以上のことから、この冒頭は、私なら次のようなアーティキュレーションで演奏します。
なんだこれは! と思われるかもしれませんが、記譜してみるとこんな感じです。
4拍子は2拍子が拡大したものとして捉えます。
すると、最初のドレミと、続くファレミドはそれぞれ別の拍感を表現しなくてはなりません。
よって、最初のドレミと、続くファレミドの間には必ず少しの間を入れます。(実際には2拍目ウラのミの音価を少し短めにすることで、帳尻を合わせます。)
また、ドとレミは別の拍ですので、この曲を演奏するテンポが4拍子として聞こえるテンポで弾くならば、必ずドとレの間を少し切って拍感を表現します。
2拍目ののレの音は、次のミの音と若干重ねて演奏します。これには3つも理由があります。
1つ目の理由は、ハ長調のI度の和音から見ると、このレは、ドとミに挟まれ、ミに解決(隣の和声音に進むこと)する倚音であるという特性があるため、あえて程度ミと重ねて奏でてやや耳障りなハーモニーにすることで、ミだけの澄んだハーモニーに解決した際の爽快感がより一層味わえるからです。
2つ目の理由は、1拍目の切り気味の演奏に対するレガートな演奏にすることで、レとミで1拍分あることを強調するためです。
3つ目の理由は、このドレミという音型は上行系であり、ファに向けて推進力がある音型になっています。
記譜通り弾いていても、この推進力は味わいずらいです。
そこで、ピアノなら若干のクレッシェンドをして推進力を増進させるところですが、チェンバロはできないため、あえて音を重ねてクレッシェンドを表現することで、推進力を演出させることができます。
続くファレと、ミドですが、これらは完全に重ねることでハーモニーを響かせるとともに、ファレとミドでそれぞれが独立した拍であることを表現できます。また、ファレは続くミの倚音ですから、重ねて強調することで解決する際の爽快感を増すことができます。
バロック音楽を演奏する際の調律方法に中全音律(ミーントーン)やキルンベルガー法というものがあります。
これらは、ドとミが澄んだハーモニーになるよう設計されたものです。(その代わり、ミ♭とソなどはとても不協和になります。)
バロック音楽では3度の音程が差別化された楽器を想定して音楽が作られていることがあるため、たとえ単旋律の楽譜であっても、3度を見つけたら残響と合わせてどのような表現が演奏効果を高めてくれるか検討するようにしています。
演奏すればわずか2秒程度のこの1小節ですが、インベンション第1番にはこの音型が沢山でてくるため、このたった1小節の表現が曲全体のまとまりにつながってくるのです。
まとめ
楽譜には単一声部であっても、実際に耳に入ってくる音は一つとは限りません。
ハーモニーを意識した演奏は不可欠なのです。
そして、ハーモニーを意識することで、旋律楽器の表現の仕方が見えてきますし、チェンバロやピアノで多声音楽を演奏する際には、それぞれの声部がより豊かに表現してくれるようになるでしょう。
皆様が、ハーモニーに意識を向けて、演奏を楽しんでいただけますと幸いです。
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